「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」 読書感想文
みなさんこんにちは、ミトコンです。
今回は、「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」 (2020年 オードリー・タン プレジデント社)を読んだので、要約と感想を書きたいと思います。
この本の内容には、教育や政策に関わる内容が含まれているため、教育に興味がある人や政治に興味のある人は読むことをお勧めします。
要約
この本を全体的に要約しようとすると内容が多岐に渡り、7000文字を超えてしまいそうで要約にならないと思ったので、帯にある「オードリー・タンが伝えたいこと」そして台湾のコロナ対策を要約し書こうと思います。
人間がAIに使われるという心配は杞憂に過ぎない
AIと人間の関係は、ドラえもんとのび太のようなもの
AIが人間の仕事を奪うと言われていますが、本当にそうなのでしょうか?
まずAIについてですが、AIが機能するには、人間による教育の過程(データを記録すること)が必要で、実際に教育する仕事は人間にしかできません、また、AIを教育する仕事はここ5年で登場した仕事でAIが仕事を創出したと言えるでしょう。
また、AIにはできない仕事がこの世の中に存在します。それは、責任が伴う仕事と創作など創造性が必要となる仕事です。また、小説などの編集も手を加える必要がありAIにはできないでしょう。この点から、AIが人間を超えた時のことよりも先に人間がどの方向に進みたいかそしてAIをどう活用するかが重要です。
しかし、AIは結論を出した過程を説明できません。なので、AIをどのような社会的位置付けにおくかは、社会全体で議論する必要があります。
では、AIをどのように活用していくのでしょうか?
分かりやすい例を出すと、ドラえもんとのび太のような関係です。問題に対して人間(のび太)が主体でAI(ドラえもん)が補助の役割です。私達の生活おけるAIの役割を考える場合は、のび太とドラえもんの関係は好例と言えます。
この関係性の重要な点はドラえもんがのび太を成長させている点です。人は、AIが人の代わりになるのではなく、人が行うことを補助する役割を持たせることで活用していくことが必要であるといえます。
デジタルが高齢者に使いにくものであれば、改良すれば良い
デジタル技術が高齢者にとって使いにくいものならば、世の中は高齢者と若者(デジタルが使える人と使えない人)に分裂してしまいます。
そういった問題を解決するためにプログラムやアプリを開発したプログラマーを最も縁遠い集団に送り込みます。それによって、集団内での問題点を明確に理解することができます。
プログラマーの年齢、出身、文化が異なれば、多角的な意見が出され、使いにくいなどの異なる需要に応えなければいけなくなります。そして、そのようなことから誰にでも使いやすいものが生まれ分裂がなくなるのです。
デジタル技術は誰でも使えることが重要
デジタル技術は、少数の人が便利に使えて、大多数の人は学ぶことができない状態では意味がありません。デジタル技術は、年齢に関係なく全ての人が使えなくてはなりません。
デジタル技術を全ての人に使ってもらうためには、他人の話を聞く必要があります。他人の話を聞くことで相手の経験や背景から述べられたことを通じ、自身と異なる視点で世界を解釈することができ、新たなアイデアの創出につながります。そしてこのアイデアの創出がデジタル技術が全ての人に利用できるものへと導くでしょう。
特に若者と高齢者の交流は重要で若者は高齢者からの知恵を学び、高齢者は若者から学び直しながら社会に貢献する。このように包括的に社会を巻き込むことで情報格差を埋め、デジタル社会の発展を促すことでイノベーションに繋がっていきます。
デジタルは多くの人々が一緒に社会や政治のことを考えるツール
アナログの場合(テレビ)、情報の伝達は一方通行になり、視聴者の意見を聞くことが出来ません。しかし、デジタルの場合は、意見を発信して、それに対する意見を聞くことができます。
台湾には「Join」と呼ばれる、参加型プラットフォームが存在し、そこでは、問題を解決するアイデアを提案することができます。さらにその提案を聞いた人が意見を伝えることも可能です。Joinにおいて議論された政府プロジェクトは、2000件以上に上ります。
このように様々な意見を持ち寄って議論することで難しい問題でも解決の糸口を見つけることができます。このようにデジタルは、提案、議論を民間、政府を通して行うことができ、多くの人々が一緒に社会や政治のことを考えるツールになるのです。
インクルージョンや寛容の精神は、イノベーションの基礎となる
台湾と日本の信仰的な考え方は似ており、「人間の心を動かすものには精霊が宿る」と考えます。この考え方は、インクルージョン(包括)あるいは寛容の精神で支えられています。
台湾ではこの精神が広まっており、他の知らない人のことでも知ろうと思う態度を持つことで人々が協調し発展することでインクルーシブ(包括的)な社会へ進むことができます。この包括した状態が様々な人々の意見を集結させていくことで、ソーシャル・イノベーション(社会問題に対する革新的な解決)がより進みやすくなると言えるでしょう。
すなわち、インクルージョンや寛容の精神がイノベーションの基礎となると言えるでしょう。
様々な学習ツールを利用して学ぶ生涯学習が重要になる
日本では少子高齢化に伴い数年前から、生涯学習に対する意識が高くなってきており、生涯にわたる学習能力が重要になってきています。様々な分野を学ぶことに楽しみを見出せれば人生の幅が広がります。
台湾では多くの人が60歳で会社をリタイアしても、起業やボランティアに参加します。生涯学習をしていることで起業やボランティアで自身の経験や知識を生かす幅が広がり、社会で役立つことができます。
現在ではネットで学位を取得できたりと、ネット学習のバリエーションも豊富になっています。大人たちがネット教育の経験があれば、ネット教育の良さが理解でき、子供のネット教育にも理解が広まるでしょう。
テクノロジーでは解決できない問題に対処するために美意識を養う
アート的な感覚(美意識)を磨くことにより、既存の可能性に囚われないようにすることができます。アートは、自分の見た未来の一部を他人に見せることで未来の可能性を広げることができます。
もし、全員がサイエンス(科学)とテクノロジー(技術)しか学んでいなかったら、学んだ内容は同じになります。そのような場合、社会の構造的な問題を変えようとしても難しくなります。
特に問題が大きかったり、複雑な場合(気候変動など)は、サイエンスとテクノロジーだけの思考では問題を解決することができません。そう言った時に既存の枠から飛び出すことや想像力が必要になり、その際に美意識やアート思考、デザイン思考が重要になってきます。
コロナを封じ込めた台湾の対策
2020年、新型コロナウイルスが全世界に蔓延したなか、台湾がいち早く、封じ込めに成功しました。
今回の新型コロナウイルスの際、政権内に公衆衛生や感染症の専門家が多数おり、情報の再確認や意見を挙げ対策を考えるのがスムーズに行えました。そして、2003年のSARSの時の恐怖心もあり、手洗いなどの対策を即座に実施できました。
しかし、今回の新型コロナウイルスでは、マスクを全員にどのように行き渡らせるかが問題となりました。具体的には、政府の管轄が多岐に渡る。1人が複数のお店で購入するなどの問題が上がりました。
そこで、デジタル技術で政府の横つながり(部会間のつながり)をクリアしました。そして、全民健康保険カードでマスクを一人一つ購入できるようにし、マスクマップを作成し(国民と共に)、人々が効率よくマスクを購入できるようにしました。この2つの政策でコロナのマスク対策は成功を収めました。
この対策が成功したのには、政府の国民からの信頼が厚かったことが主な要因で今後のデジタル技術の課題でもこの信頼が重要な働きをするでしょう。
感想
本書の前提条件として、人々の信頼関係は性善説で成り立っていると感じました。性善説は人間の本性は基本的に善という説で、台湾の政府はそれを国民に当てはめる。そして台湾の国民も政府に対しその説を当てはめることで信頼関係が築けているのではないかと思います。日本でも、相互に信頼できるかと言われると難しいように感じます。最近は政治家の不祥事がとても多いように感じます。そのことが、相互信頼を妨げているのではないでしょうか?国民が政府を信頼するよりも先に政府が信頼されうる態度を示すことが重要だと思います。
要約でも書いたようにAIとデジタル技術をどのように活用していくか?が重要であると感じました。AIを敵視するのではなく、有効的(友好的)に立ち回ることで問題をスマートにクリアしていく、それによって社会的なイノベーションを推し進めていく。まずはこの仕組み作りをどのようにするかが課題です。現代では、デジタル技術が発展しており自身の意見を発信することも他人の意見も聞くことも可能です。台湾にはインクルージョンや寛容の精神があるのでそう言った意見に対して批判を行った場合でも建設的なものが多いのではないかと思います。一方の日本では、批判の際に人格も含め攻撃してしまいます。そう言った点で、社会的な成熟に達していないのではないかと感じました。
本書を通して、いかにデジタル技術やAIを有効に使うかが、より良い社会の形成に関わっていると感じました。そのために、色々な世代の異なる文化や価値観の人の話を聞いていきたいなと感じ実行していきたいと思います。